わたしが社会に出るまで|第1回・双極性障がいとわたし

わたしが社会に出るまで|第1回・双極性障がいとわたし

どうもこんにちは、氷野です。

本記事から特別企画としてフリーライターのばんびさんをご招待し、ばんびさんの半生を連載していこうと思います。

というのも、発達障害を含む精神疾患というのは本当に千差万別で、氷野ひとりの体験だけでは到底語り尽くせるものではないためです。

第一回の今回はばんびさんの自己紹介と、病気の背景である家庭環境についてを書いてもらいました。

私がガヤガヤ言うのも不粋ですから早速ばんびさんに筆を渡すことにします。

ばんびさんの自己紹介

初めまして!

ばんびと申します。

5年前、あることをキッカケに「双極性障がい」と「自律神経失調症」と診断され、15年勤めていた仕事を辞めて、現在は自宅療養中の身です。

定期的に診察に通い、服薬をしています。(時々検査もあります)

障がい者手帳取得、障がい者年金2級受給しながら主人の扶養に入っており、「ほとんどお金を家に入れていない邪魔者」として肩身の狭い生活をしています。

睡眠障がいも併発しているため、大量の睡眠薬を服用しても昼夜逆転生活になりがちです。

多趣味なばんびさん

趣味は次のとおりです。

・アイドル
(ジャニーズや女性アイドルのコンサートや全形態のCD・DVD、写真やコンサートグッズ、雑誌などの収集)

・お洋服集め
(様々なジャンルに手を出しているのでクローゼットは節操なし、手荷物の大半がお洋服です…高額になりますが出戻りでロリィタ服も着ます)

・20年以上推している某アーティスト(グループ・ソロ)のライブ
(もちろんそれぞれのCD・DVDが発売されたら買います)
※コンサート、ライブ共に財政的に厳しくなっているので遠征はやめ、最寄りで行ける範囲のものだけ参加しています。

・少し前までは特撮にハマっていました。
(特撮は番組終了後も商品を出してくるのでついつい手が…)

・マイメロディの物収集
(サンリオショップやサンリオ施設の年パス購入して通っています)

・昔ほどの数はないですが、定期的なマンガ集め、安いアクセサリー集め

・現在ハムスターを1匹飼育しています(飼育歴10年)

社会人として過ごした時のままの感覚なので(これでも抑えているけど)、酷いですね。

家を出るまで

母が統合失調症に

私自身、生まれは心身ともに健常児でした。

私が8歳の頃、母が父からのネグレクトと職場でのセクハラで心を病み、突然「統合失調症」を発症しました。

当時(30年近く前)は精神疾患者へ対する風当たりがきつく、父と祖父は臭いものに蓋といわんばかりに母を遠方の病院へ連れて行きました。

まだ子どもだったということもあり、母が

「〇〇が見える」
「〇〇が私の悪口を言っている」
「〇〇の音が自分への悪口に聞こえる(居ないし遠いのであり得ない)」

訴えている意味が分かりませんでした。

母の症状

初期はまだ良かったほうです。

調子が良い時期はパートに出たり、自分が好きな所へ出かけたり、通院も自分一人だけで行けていました。

ただ、父が交通費と医療費(診察代、薬代)と食費を多めに渡していましたが全部使い切ってしまう等浪費傾向がありました。

電車賃が10円足りずお金請いをしたこともあったそうです。

調子が良い時もありますが、前述のように具合の悪い時もあります。

春や秋などの季節の変わり目は特に酷く、暴言や暴力、家の物を壊すことがありました。

毎シーズン、一過性のものなので家族は我慢していました。

そんな環境で育った私ですが、母が「統合失調症」に罹患する前の優しく、教育熱心な母も知っています。(発症した時点でその母の姿は崩壊しました)

2歳下の妹は私の知っている母の姿は全く記憶にないそうで、心身ともに距離をおいて生活をしていました。

遺伝なのか?物欲が強すぎる母と娘

母には浪費癖というか物欲が強いところがあり、私自身も母に似たのか、欲しいと思ったらいかなる手段を用いても手に入れようとするところがありました。

幼少期~中学生位まで貯金していたお小遣いやお年玉も、高校生位から後先考えず使い込むようになり、それを見た祖母に「末恐ろしい子」と言われていました(当時の私はその言葉を気にも留めていなかったです)。

自分でも他者からも「(気の)強い子」と思われていたのですが、実は今になってその点が双極性障がいの発見要因の一つではないかというのが医師の見解です。

金銭感覚が酷い、気が強い(威圧的)だけとなると育ちが悪かったのか?と思うところもありますが、逆に、他人に対しては隠していましたが、私には「打たれ弱い」部分もありました。

この、「強さ」と「弱さ」が同居している点が、ただの「躁病」ではなく「双極性障がい」と診断された要因だと思います。

大学卒業と就職

就職氷河期を乗り越えて

大学(専門教科のみ)を主席で卒業して、当時就職氷河期といわれる時代、周りが就職難民になっている中、印刷会社へストレート就職することになります。

内定を頂いた後、繁忙期だったこともあり「バイトをしないか?」というお話をもらったので職場へ電車で通ってみた所、始発に乗っても乗り換えがあり始業時間に間に合わない…ということが分かりました。

帰りも残業になれば終電に間に合いません。

就職をするにあたって家を離れて一人暮らしをするということは全く頭になかったのですが、仕方なく家を出ることになりました。

就職する会社と同市在住の伯父に頼み、会社から近く、部屋が広くて、公共交通機関が便利で家賃が安い部屋を探してもらいました。

就職して給料がどれくらい頂けるかというのが分からなかったためです…しかし贅沢ですね。

同時期、妹も部屋を完全に引き払うように家を出ていきました。

漫画家になるため専門学校に行くから、というのは建前で、既に漫画家になるという夢は叶っていました(某雑誌でデビューしました)から、支離滅裂な発言を繰り返す母から離れたかったのでしょう…。

次回からは印刷業界に入った私の生活を描いていきます。

これまでの更新:

わたしが社会に出るまで|第1回・双極性障がいとわたし

仕事、一人暮らし、そしてカード地獄|第2回・双極性障がいとわたし

社内環境の変化と恋と別れ|第3回・双極性障がいとわたし

借金だらけの底辺生活から幸せの絶頂へ|第4回・双極性障がいとわたし

幸せの絶頂から叩き落とされて…|第5回・双極性障がいとわたし

闘病生活と結婚生活と仕事と|第6回・双極性障がいとわたし

奔放な恋愛と仕事での絶望、そして運命の出会い|第7回・双極性障がいとわたし

就労支援による再々就職と止まらない衝動|第8回・双極性障がいとわたし

障がい者手帳・自立支援手帳・障がい年金についての体験談|第9回・双極性障がいとわたし

続かない就労支援と病状の悪化、旦那さんの葛藤|第10回・双極性障がいとわたし

仕事と家庭と病気、そして今のわたし|最終回・双極性障がいとわたし



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