社内環境の変化と恋と別れ|第3回・双極性障がいとわたし

社内環境の変化と恋と別れ|第3回・双極性障がいとわたし

こんにちは。ばんびです。

前回、クレジットカードを手にして転落人生を始めた私…

そんな私も社会人2年目を迎えます。

仕事の激務化と体調の変化

異動命令がくだり…

社会人二年目を迎える直前、突然所属長より「デザイン科へ異動」命令が出ました。
制作部「デザイン科」は花形部署であり、同期の子(編集科所属)とは別れることになります。

元々デザイナー候補として雇われた身なので憧れの部署に配属されることは喜ばしいことこの上なかったです。

もちろん要求されるレベルも格段に上がります。

仕事量は変わらないのに「デザイン(配色・配置・表現)がなっていない!」とダメ出しが多くなり、自分なりに頑張ってるつもりなのに…と酷く落ち込んだものです。

一方で、2年上の先輩は雑誌の仕事などをバリバリこなしています。(その上は年が開いて7年や10年~などベテランの域です)

私はその2年先輩の助手のような形で学ばせてもらうことになりました。

雑誌の仕事も一部任せてもらうようになったものの間もなく先輩は諸事情で退職し、私が全て担当するように。全てを任せられるまで時間がありませんでした。

新入社員の入社

その頃デザイン科の退職者が続き、会社は不景気ながらも新入社員を2人入れることになりました。

1人はデザイン専門学校出身で即戦力のN、もう1人は高卒ながら個性的で向上心の高いY。

Nはすぐ同じ部署で働きだし、新卒のYは私と同じく研修からのスタートでした。
しかし、Yも元々デザイン能力が高く、人員不足のため研修期間を終えてすぐこちらの部署に異動してきました。

更に人員補充のため中途採用で数名入れ、そのうち大卒(別大学)のSが1人残りました。

4人駆け出しデザイナーの個性のぶつかり合い・争いです。

私も大学を首席で卒業したという割にはデザイン力に長けているほうではないので、他に得意なことはないか、どうやったらデザイン力・作業効率が上がるかで頭がいっぱいで、各種専門書を読んだり、展示会や知り合いの個展・有名デザイナーのセミナーに行ったりしました。

外注デザイナーの受け入れと…

それでも人手は足りず、外注デザイナーを受け入れるようになりました。

最初こそ上手くやり取りができずに混乱もありましたが、それよりも外注デザイナーの方は東京など大都市で磨いた技術・デザイン力・そしてスピードが桁違いです。

コミュニケーションが上手く取れるようになってからは、盗むといったら悪いですが、デザイン技術の見本にして自分なりに少しずつ成長していったように思います。

すると、プランナーと一緒にデザインコンペを幾つか任されるようになり(見事採用され、次の仕事に繋がることもありました)、複数社を営業マン抜きで直接やり取り(短期で納品のため…これは他の人にはできない)することもありました。

結果、「顧客信用度の高さ」と「スピード」が私のウリになり上司の目に留まったようです。それがまた自分の首を絞めようことになろうとは…

無茶な働き方がたたり

デザイン云々はともかく「無理難題」、「納期が近すぎる」の案件が全て!私の所に回ってくるようになりました

同時に職場環境も劣悪になり、「残業時間」が3時間どころか5時間…8時間…12時間と増えてくるようになりました。もう残業が8時間を超えると1日で2日分仕事をこなしているようなものです。

入社した頃にあったパンとジュース、夜食もいつの間にかなくなっていました。

お茶一杯飲むような休憩することも許されず、夜食だと言わんばかりにカロリーメイトやその類を1本渡され「それを食べる暇があるなら仕事しろ!」とまで言われました。

また外部・内部用の専用PHSを持たされるようになります。

クライアントの要求(時間帯、スピード)に対応するため(テレビ局の編成部や役所、一部企業は深夜まで仕事しているので)、朝から夕方までずっとパソコンの前で電話片手に仕事をするようになり、おちおちトイレにも行けなくなっていました。

そうこうしているうちに体調に変化が訪れてきました。

隠しきれない体調不良

最初は肌荒れです。「年齢のせいかも?お手入れも怠っていたし…」と思ったのですが、顔中常に20か所位赤ニキビ、顔だけではなく首元にしこりのようなものができ…(病院にも行きましたがいまだに原因不明)

次第に胃腸にも影響がでてきます。不規則な時間に食べているせいか、体重が学生の頃より10キロ近く増えたと思いきや、ストレスのせいか時々食べた物を戻すようになりました。

朝は適当、昼間はお金がないので粗食、夜は健康食品…加えてストレスと睡眠不足となると体を壊すのも当たり前です。

そのうち咀嚼をすることも難しくなってきてさすがにヤバイ!と思いましたが、それでも何らかの病院に行くことはありませんでした。どこの科に掛かればよいかも分からず、そもそもそんな暇もありません。

後輩教育がストレスに…

年数を重ね「先輩」になったので「教育係」も任されることに。

新たに高卒のK、同じ大学のMが入社しました。

2人とも即戦力レベルで私なんぞが今後を左右する「教育係」になんてなってよいのだろうかと戸惑い、あと自分の作業時間が余計なくなることに焦り、困りました。

後輩Kは別の先輩が担当。センス・デザイン力が高かったものの間もなくハードな仕事についていけなくなり、適応障がいになって休職のち退職。

後輩Mは私が担当。同じ大学出身(私以来数年ぶりの採用)でお洋服の趣味や好きなキャラクター等が同じだったので仕事以外の話でも盛り上がっていたのですが、私の指導かペース配分が悪かったのかうつ病になり退職していきました…。(回復後、外注として復帰しました)

2人が辞めたことで仕事量がまた自分に降りかかってきますが、「教育係」という重圧から解かれほっとした自分がいました。

生活に彩りが!

社内での出会い

少し時間は戻り社会人3年目の話になりますが、私生活に彩りのある出来事がありました。

社内恋愛…同じ部で別の科の9歳上の先輩です。

見た目は明らかに危険な匂いのする人。(悪い意味で、です…)

でも社内では人当たりが良く優しいのが評判な人でした。

特に私には優しく接してくれ、そんな彼に徐々に惹かれて遊びに行くことになり、お付き合いすることになりました。

車を持っていない私を県内外あちこちに連れて行ってくれ、職業柄見聞きする県内のオススメ観光地をほぼ回り、グルメを堪能しました。(仕事の際、話がスムーズに進み役に立ちました)

五感全部使って沢山の景色を見せてもらえました。

お互いのお誕生日、お祭り、クリスマスのプレゼント交換など幸せいっぱいです。

背伸びして当たり前…?

年上の彼に見合うように背伸びしなきゃ!とお洋服を大人モードにシフトチェンジしました。
(ライブに行くのは止めませんでしたが、ロリィタはこの時点で一旦卒業)

エビちゃんみたいなOLになりたい!と雑誌掲載商品やマネキンコーデ!とお洋服を買い漁りました。

脱毛も何か所か契約して(当時は今と比べ高く勧誘もすごい)外見だけですがキレイになる努力をしました。

合わせると高額になるため、もちろん支払いは魔法のカードとローンです。

肌荒れ対策に化粧品もデパコスに変えたり、痩せるためにフィットネスやテニス(アニメの影響…)も習いました。

同期の恋愛…隣の芝は青い

同じ時期、可愛く純粋な同期も仕事がキッカケで営業マンと社内恋愛をしていました。

彼同士が同い年で、向こうの彼が「(将来について)どこまで進んでいる?」と聞いていたようですが、こちらの彼は毎回はぐらかしていました。

数年後同期の方は順調に交際が進み、結婚することになりました。

同期の彼は人柄がよく営業マンの中では評判の良い人で、彼女は可愛くて素直、物事をハッキリ言いますが嫌味はなく、「世渡り上手」なところがここで発揮したんだと思います。
年の差こそ11歳ありましたが、二人は自然でお似合い。

ハイ・ブランドの婚約指輪、県内で一番格式のある式場…3年ほど共働きをしていましたが第一子を妊娠し退職をすることになりました。実家が大工さんなので同時に格安で家も建てることに…正にトントン拍子な人生

私も仕事や趣味に追われているうちに20代半ばを迎え、彼女の影響もあり少し結婚願望が芽生えてきました。

徐々に恋愛にかげりが…

しかし、私の彼には一向に「その」気配がありません。

まったく進展しない事に苛立ちもあり、ため息の連続。パートさんに「ため息は運を逃がすからよくないよ」と励まされました。

私より彼の方が仕事が忙しく、テッペン(0時)越え、朝方、休日出勤は当たり前で、友だちや趣味(車やバイク)を大切にする人でもあったのでデートもままならならなかったのです。

社会人スタートは一緒なのにこんなにも違うのか…と落胆しましたが、人は人、私は私!と長い目で見るようにしました。

デートも21時過ぎ(残業の後)にご飯と近場をぐるっとドライブだけ、ゲームセンターで時間を潰すなどテキトーになり、日にちだけが過ぎていきます。

暇がないのかネタがないのかホテルに行って終わりなんてことも度々でした。

年数だけがどんどん過ぎ、周りの人も流石に…と心配してくれるようになり、私に檄を入れたり、彼にも結婚を持ち掛ける(御節介な)人もいました。

お互いの実家には顔を出しています、しかし「結婚」の話には至りません。

むしろうちの父は反対しました。彼の地元にうちの親戚が住んでいて彼は評判が悪いと聞かされていたからです。彼のお母さんは歓迎してくれたのですが…

そして30歳を迎えようとする1日前に呼び出されました…大事な話があるけど逃げ出さないでねと…

誕生日前日の別れ

目前で掴めなかった「結婚」

嫌な予感はしました…案の定別れ話…遠かれ近かれこの日が来るのでは?と思っていました。それくらいの間柄になっていたからです…付き合い始めて丸7年経っていました。

別れたい理由はやはり「結婚願望がない」ということ。

私と結婚するのに不向き・嫌だという訳でもなく、彼が自由(主義)を選んだようです。

30歳という節目の誕生日を意識してかしてないかは分かりませんが………

落胆した私、切り出した彼にも翌日には通常通り仕事が待っています。

アン・ハッピーバースデー30歳の私……目の前のワイパーが止まりません。

周りばかり幸せに…

その頃、後輩として入ったNもゴリ推しで同じ科の上司と社内恋愛をしていました。

別れた翌日、私の様子がおかしいよ?と上司に話していましたが、入社当時から私と上司は反りが合わず特に触れられることもありませんでした。
(無視…社会人としてその対応が正解だと思います)

周りも徐々に察したようで「結婚」や「どうなっている」というワードは口にしなくなりました。

同期は7年近くと長い春になっていましたが、ついに結婚が決まりました。

後輩Nも華やかな結婚式にヨーロッパへ新婚旅行と羨ましい限り。

あっちにもこっちにも先を越された…

独り身、アゲイン

長年連れ添った支えを失った絶望感と色んな意味で今後の見通しの無さ…

また独り身だ!その相手が常に視界に入る…その怒りや辛さを仕事にぶつけられたらカッコいいのですが…過食嘔吐を繰り返し、ストレス発散にまた衝動買いに走るのでした…

体調も芳しくないので「退職(逃げ)」という選択肢もあったのですが、できないのには理由がありました。

背負った借金があること、数十万円なら退職金などで返済できたのですが、その額が既に数百万に膨れ上がっており、残業しまくった給料でも支払いが追い付かず、返済と生活費のためにカードのキャッシング枠を使いで自動車操業になっていたからです。

それでもハイブランド物にも手を出すようになり、ますます浪費は止められませんでした。

車が2台買えそうな位の借金があることは親にも言えません。またこの斜陽産業より給与がマシであろう他業種で勤めたことがない(通常のパソコンスキルがない)ので転職することに恐れていたこともありますし、何よりこの街が気に入っていたのです…

長すぎた春を吹っ切るのに時間はかかりませんでした。自分自身にも「諦め」がどこかにあったのでしょう。

そしてまた新たな「出会い」があるのですが、その辺りはまた次回お話しします。

ここまでの更新:

わたしが社会に出るまで|第1回・双極性障がいとわたし

仕事、一人暮らし、そしてカード地獄|第2回・双極性障がいとわたし

社内環境の変化と恋と別れ|第3回・双極性障がいとわたし

借金だらけの底辺生活から幸せの絶頂へ|第4回・双極性障がいとわたし

幸せの絶頂から叩き落とされて…|第5回・双極性障がいとわたし

闘病生活と結婚生活と仕事と|第6回・双極性障がいとわたし

奔放な恋愛と仕事での絶望、そして運命の出会い|第7回・双極性障がいとわたし

就労支援による再々就職と止まらない衝動|第8回・双極性障がいとわたし

障がい者手帳・自立支援手帳・障がい年金についての体験談|第9回・双極性障がいとわたし

続かない就労支援と病状の悪化、旦那さんの葛藤|第10回・双極性障がいとわたし

仕事と家庭と病気、そして今のわたし|最終回・双極性障がいとわたし

双極性障がいとわたしカテゴリの最新記事