幸せの絶頂から叩き落とされて…|第5回・双極性障がいとわたし

幸せの絶頂から叩き落とされて…|第5回・双極性障がいとわたし

こんにちは、ばんびです。

ヲタク事や仕事、長すぎた春で行き遅れだった私もようやく人妻!

浮かれモードです。

一緒になれた喜びより、そのステータスに自惚れていたのか…

憧れの地位に立てたのに、現実の壁にぶつかるようになります。

幸せなウエディングハイ

ウエディングトークに花が咲く

家具は半分私の持ち込み・半分買い足し、家電製品はテレビ回り以外買い替えて既に同居はしていましたが、式が終わってからが真の新生活の始まりです。

社内では同時期に結婚した人が多く(同じ式場だった人も何組か)、特に社内婚した者同士で

「式の準備はほぼ全部プランナーさんにお任せしたから苦労してない」
「同棲をしている間お金を貯めて、婚約・結婚指輪、結婚式、新婚旅行全部我慢して家を建てた」
「結婚式はお色直し4回した、これから家を建てる準備する」
「指輪はこんな感じ、実は式の直後妊娠した」

などとウエディングハイの話で盛り上がっていました。

私も「手作りムービー作って、(高いホテルなので)金額抑える努力した」など話しました。

話で盛り上がっていると、式の前々日にお祝いしてくれた人達からは
ここは幸せで満ち溢れるね!幸せのお裾分けを受けたい
と言われる位でした。

後輩Mは必要最低限の業務連絡はしますが、面白くなさそうな顔をしていました。

噂に聞くところによると新しい彼氏は訳アリの人らしく、これといって進展がないようです。

大満足のウエディングフォト

しばらくして式場から式当日のスナップ写真が届き、思い出に浸りつつアルバムにしたい写真を選び後日完成したものができました。

カメラマンさんの腕が良かったのでしょうか、改めて見ると普通のLサイズのスナップ写真(アルバム候補用)とは違い、1日の流れが一気に蘇ります。

一応デザイナーの身なので、この写真をこういう風に配置すればこんなにドラマチックに魅せることができるのか!と関心したものです。

前撮り写真もなかなかの出来です。

前撮り・式どちらも衣装が気に入っており、前撮りの時にこっそり撮った写真と式当日に個々人が撮った写真も含めると沢山の写真と思い出で一杯になりました。

ブーケは参列者のほとんどが既婚者だったのと、形に残したかったのでプリザーブドフラワーに加工してもらいました。(妹からブーケ欲しかった!と非難轟轟でしたが)

これらを見返せば「いつでも幸せな気分に浸れるぞ!」と新生活は希望に満ち溢れていました。

やっと掴んだ幸せに不穏なかげ

家事分担の比率が…

半同棲の時や式の準備で忙しかった時とは違い、適当に済ませていた料理や家事も手を抜くわけにはいきません。

しかし仕事の忙しさは一時のピークは過ぎたものの相変わらずで、旦那さんか私どちらかが深夜残業に及ぶことも珍しくありませんでした。

家事は分担制にして、できる方がする、と決めていました。

けれども、デザイナーという仕事の性質上突発的なリテイクも多く、急な仕事を任されることが常態化していた私の方が残業で帰るのが遅くなりがちで、家事に充てられる時間は少なかったのです。

結婚後は家のこともあるし仕事はセーブしていくつもりでしたが、気づけば勤続年数も10数年になり立場上そう簡単にはいきません。

幸せだった思い出…でも

夫婦として好きな人と一緒に居れる…幸せは幸せなんです…。

実際、式の数か月後、コンサートを兼ねた旅行、更に別に有給休暇を取って新婚旅行にも行きました。

その写真にも「笑顔」が写っており、その後起こる事は予期できません。

結婚前ですが、傍から見ても仲良く見えたのでしょうか…雑誌のカップル取材を受けたり、テレビに出ることもある程でした。

ですが、式や新婚旅行…楽しみが終われば日常生活が待っています。

半同棲の頃に比べれば、「二人で生きているハリ感」がありました。

住んでるエリアはさして変わらないにしても、色んな意味でナアナアになっている部分もはっきりしないといけない。金銭的な部分も不明瞭にはできない。

しかし、結婚したところで幾つもある私の趣味は止められませんでした。

主婦に収まりたくない!

お洋服が好きだし流行りの物を買いたい…ライブ開催が決定すれば最寄りだけでいいので行きたい…

年下の旦那さんとの年の差を感じさせないよう人並み以上にお手入れもしました。

ただの兼業主婦で収まることにある種のつまらなさを感じていたのです。

結婚してもどちらかが休日出勤でなければ以前と同じようにデートをします。仕事の後に外食しに行ったりするのも変わりません。

…しかし、私の中に確実に変化が起きつつありました。

それは不眠症から始まった

眠れない…イライラ…

不眠が始まったのです…。最初はただ眠れない、眠りが浅い位に思っていました。市販の睡眠導入剤を試してみましたが全く効かず。

日を追うごとに不眠の症状が顕著に出てきて、起き上がることが困難になり仕事を休むことが増えてきました。

それでも病院に行くことなく仕事や家事をこなしていました。どこの科に行けばよいのか分からなかったというのもあります。

イライラの症状も現れるようになってきました。眠れないせいもあるのでしょう。

折角やってくれたことにもイラついたり、見ている映画の俳優さんにもイラついたり、一人になりたくなったり…

旦那さんとの距離が開いて…

性交渉も半同棲の時は体の相性が良かったようで、暇さえあれば毎日何回も…とあったのに週1とか極端に減りました。

どちらかが拒絶したとかいう訳でも、求めなくなったという訳でもありません。自然と減ったのです。

連日眠れぬ夜を過ごしてたある日…寝室を出て隣の部屋から私は口にしてはいけない言葉を口にしたのです…

「別居しない?」

…旦那さんから返事はありませんでした。

引き返せなかった私

朝になっても普通に出勤準備している旦那さん。

別居しないかと問いかけたことに対して何の返答もないので問い詰めた所、やはり彼にもいろいろと不満が募ってきていたらしく「分かった出ていくよ」と。

しかし荷物を持ち出そうとはしません。

そのまま出勤しようとしたので、「布団とか着替え持っていけば?」と半ばキレ気味に押し付け、彼は車に積み込み出勤していきました。

親しき中にも礼儀あり?感情的に…軽はずみに口にしてはいけないものがあるというこに後になって気づきました。

その日から旦那さんは本当に実家へ帰り、こちらには全く帰ってこなくなったのです。

どん底へ

後悔…後悔…でも…

冷静になれば、不眠かイライラからきた軽はずみな発言だったし、ショックで、自分の発言に後悔しました…

同じ会社に居ると思うと仕事にも行けなくなりました…

ご飯も全く食べれず、水分のみで生きている状態。

お風呂にも入れません。

トイレも行きたくない。

布団から動けない。

カーテンを開けて日差しなんか浴びたくない。

できれば暗い部屋がいい…

しかし、繁忙期の中盤で一定レベルに達してない同僚のデザイン指導も任せられていたので、いつまでも休んではいられない…ということで重い体をひきずり出社しました。

それでも言えない「帰ってきて」

ですが、朝のミーティングが始まり10分もしないうちに倒れてしまったのです。

休憩室に運ばれ、同僚が旦那さんを呼んできてくれて大丈夫か?など少し話をしましたが、
「あの時はごめんなさい、戻ってきて」
の一言が言えず
、「仕事があるでしょう?」と部署に戻してしまいました。

その後上司が来て、旦那さんが実家に帰ってしまい戻らない、自分のせいだ…、と経緯を話していたら大粒の涙が溢れて止まらなくなりました。

倒れたのを心配した他の上司も様子を見に来ます。病院とか診断とか抜きにして、旦那さんと一緒の会社に居るのが辛い、しばらく休職したい旨を伝えました。

上司は私たちが良好なお付き合いをしていた事を温かく見守ってくれていたこと、入籍日に快く送り出してくれた位なので空気を読んで期間未定の休職許可が下りました。(書面も交わさず口約束で…それ位ギリギリ一杯でした)

そのまま会社のお母さん的存在の方に自宅まで送ってもらい、横になりましたが後悔が募るばかりで眠れません。

頭の中がグルグルとしていて何日も何日も何日もです…。

食事を摂らないので体重は落ちる一方でした。

ラストチャンスを逃してしまう…

そんな時気づいたのが生理がかなり遅れていること…

結婚しているし、今回の生理周期中の性交渉の回数は減っていたとはいえ、避妊が曖昧だったので妊娠の可能性がゼロという訳ではありません。その話を旦那さんに伝え一緒に産婦人科に行きました。

結果はシロ。しかし、妊娠検査の時に採血した時に白血球の数値が高く点滴治療が必要ということになりました。

旦那さんも最初のうちは病院と家の送り迎えをしてくれましたが、仕事に影響するし、「遠くないから自分で通院する」とここでも拒否してしまいました。

頭の中では「家に戻ってきて」と思っていますが、口に出すことができませんでした。

顔を合わせて言うチャンスを逃してしまったのです。

毎日顔を見ることができていたのはこの日で終わりになりました。

精神的異変の気づき

抜け出せない孤独

父に旦那さんと別居している、もう何日も眠れないと伝えると内科なり病院で睡眠薬が貰えると聞き、産婦人科の通院ついでに事情を話したら軽い睡眠薬を貰えました。

飲んだら少しだけ眠れました。ごく浅いですが久々の睡眠です。

産婦人科の通院も終わることになり、別居をして不眠状態という事情を知っている看護士さんが、会社の常務と面識があるので
「私は今酷い状態だから(白血球ではなく精神が)しばらく療養するように伝えておく」
と言ってくれました。

それからは誰とも接することもない孤独な日々の始まりです…

後悔後悔後悔…

辛い辛い辛い…

あの時なんであんな事を切り出してしまったんだろう。

どうして「戻ってきて」の一言が言えなかったんだろう。

旦那さんの事が大好きで結婚したはずなのに。

親や結婚を切望していた祖母、祝福してくれた沢山の人の顔が頭をよぎりました。

私は自分の都合で旦那さんの気持ちと皆の祝福を踏みにじり、裏切ってしまったのか…。

精神状態は極限に達していました。

消えてしまいたい…

ある日ファミレスで話し合いの場をもつことになりました。前向きな話ではありません。

話し合いはなんと15時間にも及びましたが、いい返答には至らず、絶望感いっぱいで帰宅。

気づけばフェイスタオルに手を出していました…

タオルを何本か結びドアノブにかけ首吊り自殺をしようとしたのです。結果は失敗、結び目が甘くほどけてしまい死に損ねました。

次は飛び降り…

マンションは6階建て…屋上から飛び降りたら死ねるだろうか…

でも小学校や幼稚園が近く通学路。車通りも少ないとは言い難い。時間は夜が明けきらぬ早朝。

バラバラ死体を見た子ども達はどう思うだろうか…階数も中途半端なのでもしかしたら死なずに苦しむだけかも…と考え思い留まりました。

不幸は重なる

突然の訃報…埋まらない溝…

自殺をするか留まるか…うんうんしている間スマートフォンから目を離していたのですが、朝イチ実家から着信があり、母方の祖父が亡くなったとのこと。

式の前、生きているのがやっとの祖父に一度だけ旦那さんに会ってもらったことがありました。

一応まだ「家族」ということで亡くなったことと、斎場と時間を伝えました。

私はとても参列できる状態ではないので通夜は見送りましたが、父曰く旦那さんとお義母さんが参列したそうです。

翌日の葬儀は旦那と私も参列しました。終始無言です。

式に参列した伯父伯母達は別居中とも知らずに接してきます。焼きの待ち時間にも母へ親戚達から質問が飛びます。

「娘(私)が結婚してるの?私は〇〇よ!よろしくね。」…というのが続きました。旦那さんは心ここにあらず、はあまあ…という感じで対応してました。

旦那さんは、葬儀、焼却、骨拾いまで参加して一応旦那さんとしての務めは果たしてくれました。

私を自宅まで連れて帰る去り際、祖母に「また今度」なんて二度とありそうもないことを言っていたのです。ウソつき!道中無言です。

義理立てだろうが、もし今後別れる意思があるなら来なくてもよかったのに…憎々しく思いました。連絡したことを後悔しました。死にたい位辛く、顔も見たくなかったので。

落ちて、落ちて、また落ちて

精神的に荒れているので彼との連絡をしばらく一切絶つよう先生に勧められました。

話し合いはこじれ、大好きだった祖父は亡くなり、ますます私の生きることへの執着がなくなりました。

誰かにこの気持ちを聞いてほしいと当時のSNSサイトに書き殴りました。

夫婦不仲の立場ではありませんが、うつの人達から反応がありました。ネット上ですが相談してると少しだけ落ち着いたような気がします。

それでも気持ちが全て晴れたという訳ではありません。

助けを求めるも…

「いのちの電話」とやらにに相談してみることにしました。

が、噂に聞いていたように何度かけても何度かけても繋がりません。朝・昼・晩と100回以上は掛けなおしたでしょうか。

数日してようやく繋がりました。一生懸命これまでの経緯と、今置かれている立場、今の気持ち、息ができない、死にたいとぶつけましたが…私の求めている回答は全く得られませんでした。

むしろ適当に事務的に話を流されてるような気がしてイライラするだけ。

別の相談機関にも電話をしてみましたが似たような結果でした。

折角繋がったのに…満足ゼロ、何の解決にも気晴らしにもならなかったです。

ここでようやく病院に行こう!心療内科?精神科?近所にあるだろうか…と調べたら徒歩圏にあったので電話をしたものの…初診はカウンセリングに最低1時間はかかるので週末は受け付けていません!と断られました。(土曜日でした)

また生きる力を失いました。月曜日まで待つのか…耐えるしかありませんでした。

ここまでの更新:

わたしが社会に出るまで|第1回・双極性障がいとわたし

仕事、一人暮らし、そしてカード地獄|第2回・双極性障がいとわたし

社内環境の変化と恋と別れ|第3回・双極性障がいとわたし

借金だらけの底辺生活から幸せの絶頂へ|第4回・双極性障がいとわたし

幸せの絶頂から叩き落とされて…|第5回・双極性障がいとわたし

闘病生活と結婚生活と仕事と|第6回・双極性障がいとわたし

奔放な恋愛と仕事での絶望、そして運命の出会い|第7回・双極性障がいとわたし

就労支援による再々就職と止まらない衝動|第8回・双極性障がいとわたし

障がい者手帳・自立支援手帳・障がい年金についての体験談|第9回・双極性障がいとわたし

続かない就労支援と病状の悪化、旦那さんの葛藤|第10回・双極性障がいとわたし

仕事と家庭と病気、そして今のわたし|最終回・双極性障がいとわたし

双極性障がいとわたしカテゴリの最新記事