知的障害を持つ息子の母・マサ子さんの支援について~マサ子さんも統合失調症で、虐待されていました~|第3回・精神疾患への支援について

知的障害を持つ息子の母・マサ子さんの支援について~マサ子さんも統合失調症で、虐待されていました~|第3回・精神疾患への支援について

前回までは、精神保健福祉士と相談支援専門員という2種類の支援サービスについて紹介してきました。

第3回となる今回から、3回に渡り、統合失調症のご本人に対する支援をどのように行ったのか、実際の事例をより詳しく見ていきたいと思います。

①家族構成

この方の家族構成は
・マサ子さん(60歳女性・統合失調症・精神保健福祉手帳二級・障害基礎年金二級受給)
・マサ子さんの息子・徹さん(30歳・知的障害・アルコール依存症・療育手帳二級・障害基礎年金二級受給中)
・マサ子さんの兄
の三人暮らしでした。

マサ子さんの兄は徹さんが大嫌いで、実質マサ子さんと徹さんの二人暮らしの状態でした。

②関わっている支援機関

マサ子さんの支援機関として就労継続支援B型事業所・精神に特化した相談支援専門員がサポートに付いていました。

徹さんに対しても別の就労継続支援B型事業所・知的障害に特化した相談支援専門員がサポートに付いていました。

またマサ子さん・徹さんの両方のサポートとして市役所の福祉課が入っていました。

③マサ子さん及び徹さんの病状・病歴

マサ子さんは20歳の時統合失調症と診断され、以降何回か入退院を繰り返して、平成10年に精神科の最後の入院をしました。

今では統合失調症特有の妄想や、対人恐怖などはなくなり、リスパダールを服薬して再発を防いでいます。

徹さんは生まれながらの知的障害で、養護学校などを卒業しました。

20歳の時に左官の仕事に付きましたが仕事について行けず、ストレスをためてしまい、さらに仕事の時に覚えてしまったアルコールによるアルコール依存症に悩まされるようになってしまいました。

仕事を辞めてからは近くにある、就労継続支援B型事業所に通うようになりましたが、アルコールによる問題を起こしては、作業所を辞める日々を送っていました。

④マサ子さんと私との出会い

私がマサ子さんと出会った時にはすでに病状は安定しており、徹さんと同じ就労継続支援B型事業所に通所していました。

就労継続支援B型事業所では就労訓練はもちろん、金銭管理のサポートも実施していました。

そのためサービス等利用計画では安定した通所をして今の支援を継続し、マサ子さんはゆくゆくシルバー人材センターなどで就労できるようにサポートしていくことにしました。

⑤徹さんが作業所を変えてから変化が生じてきました。

このようにマサ子さんには至って問題はなかったのですが、知的障害のある徹さんのアルコール依存症は治っていませんでした。

就労継続支援B型事業所のサービス管理責任者・双方の相談支援専門員・市役所職員がアルコールはダメですと徹さんに分かるように伝えましたが、徹さんは全く聞く耳を持たなくなりました。

そして今の事業所は嫌だと言い出し、別の事業所に移籍する事になります。

私としては知的障害に特化した相談支援専門員に今の就労継続支援B型事業所を変えるべきではないのではないかと提案し、実際にそのように説得してもらいました。

しかし、徹さんの意思が非常に硬く、事業所の移籍を決断せざるを得ませんでした。

案の定、環境を変えたことで、徹さんはさらにストレスが溜まっていき、マサ子さんに対して火が付いたたばこを腕に押し付けるなどの虐待行為が見られるようになりました。

マサ子さんもそのストレスから統合失調症による妄想(近所の人が殺しに来るという妄想)が出現するようになりました。

⑥最終手段として強制的に引き離す事にしました。

市役所を含む関係者は虐待行為をやめるように何回も説得しました。

同時にマサ子さん・徹さんの精神科の主治医にお互いの相談支援専門員が連絡を取り、どうしたらいいのか確認しました。

マサ子さんの主治医は薬を服用したら大丈夫とのことでしたが、徹さんは病院を受診しておらず、今コメントできないとの返答が返ってきました。

そのため市役所が関係者を招集して、虐待に強い弁護士同席のもとケース会を行いました。

その際に徹さんの治療が進まない以上、これ以上同じ家にいるのは命の危険が出てるとの判断になり、強制的に引き離すことになりました。

引き離す方法ですが、マサ子さんが通所している支援事業所に協力を仰ぎ、通所中に私がマサ子さんを保護先である精神科グループホームに連れていくことになりました。

そしてその精神科グループホームでは市役所のスタッフが待機しており、精神科グループホームにマサ子さんの事情を説明する手はずになっていました。

私とマサ子さんが到着してから、まず市役所のスタッフがマサ子さんに対して、
「あなたは身体的虐待を受けており、このままなら命の危険があると判断したので、ここのグループホームに保護してもらうことになりました。」
と説明しました。

マサ子さんも事情が分かっていたのか、すぐに納得しました。

マサ子さんの衣服などは別の市役所スタッフがマサ子さんの兄のもとを尋ね、事情を説明し衣服を持ってきました。

入所してすぐは障害者総合支援法による支給決定が間に合わないため、市役所が虐待認定をして、職権でグループホーム入所を依頼するという超法規的な処置となりました。

⑦徹さんは以外と落ち着いていました。

その頃就労継続支援B型事業所・市役所では徹さんの出方を伺っていました。

正直言って市役所スタッフと事業所では、徹さんが不安定になることを想定して、警察署と対策を練っていました。

しかし市役所スタッフと知的障害に特化した相談支援専門員が徹さんに対して
「あなたは母親に対して虐待をしており、命の危険があると判断したので、保護しました。場所は教えることはできません。」
と伝えると、
「分かりました。お願いします。」
と言ってくれて、みんなびっくしりました。

それからふたりは別々の生活を送ることになったのです。

⑧徹さんはアルコール依存症を自覚し、アルコール依存症に強い精神科に入院する事になりました。

市役所による措置は一か月が限度だったので、私は市役所・精神科グループホームと相談して、障害者総合支援法によるグループホーム入所に切り替えることになりました。

その頃徹さんはアルコール依存症による身体症状で、肝臓がひどい肝硬変となり、さすがに観念したのか自分からアルコール依存症に強い精神科に入院する事に同意しました。

そして徹さんも治療に専念する事になりました。

⑨今では時々交流しながら生活できるようになりました。

それから徹さんは精神科でアルコール依存症の専門治療を受け、アルコール依存症であるという自覚を持てるようになりました。

またマサ子さんもグループホームの母体の精神科にきちんと通院しており、妄想も全くなくなりました。

またマサ子さん・徹さんの両人から時々会いたいという希望が出たので、まずはスタッフ同伴のもと会うようにしました。

そして10回程度会って全く問題がなかったので、一度スタッフなしで会うと事にしました。

そこでも問題はなかったので、週に一回程度は親子水入らずの時間を過ごしても問題はないのではないかとの結論に至り、それから週一回程度は交流するようになりました。

今では双方のスタッフの援助のもと、二人とも全く問題なく生活できるようになりました。

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