ADHDと過集中と注意散漫について|第四回・発達障害を考える

ADHDと過集中と注意散漫について|第四回・発達障害を考える

おかしいな……ブログデザインを変えようと思っただけだったんだが、どうして別のブログサイトを立ち上げているんだ……?

ブログデザインを変えたい

→しっくりくるデザインがない

→自分でテーマを作れるらしい

→じゃあ作ってしまおう

→なかなかややこしいみたいだからキャプチャをとっておこう

→はた、これはブログ記事にしたらいいのでは?

→いや、ちょっと待て、すごい回数になりそうだから別のブログを立ち上げよう

→なんなら独自ドメインを取得するところから記録に残そう

→ちょっと待て、なんか色々問題が発生しているぞ

→全部記録に残さなければ……(謎の使命感

→ようやく終わった!あとは待つだけだ

→あれ?いつの間に24時間経ってたんだ???←イマココ

だいぶ端折ったが、「イマココ」にくるまでに10回くらい寄り道をしているからな。一度何かを始めたら、一度何かが気になったらとことんまでやらなければ気が済まない過集中な性格がモロに出た一日を過ごしてしまった(まあ充足感は尋常ではないのだが)。

好きな物事をやりすぎるタイプの発達障害

幼少期を思い返してみても、とかく氷野は過集中なタイプであった。読書、特に海外の長編ファンタジー小説が大好きだった氷野は、実家の納戸に特大の本棚を設けてもらい、積み上げられたダンボールと本棚の間に座って、目の前に本を積み上げて読みふけるのが日課であった。

よく覚えているのは『ダレン・シャン』シリーズで、全12巻の長編大作なのだが、これの新刊が出るたびに1巻から最新刊までを積み上げて、数日中、早い時には一日のうちに全て読み終えてしまっていた。何度も何度も読んだ話であったから、最初の巻なんかは速読かというスピードで読んだことを覚えている。ハードカバーでそこそこの厚さがある本なのだがね。

あとよく笑い話として引き合いに出すのは『エラゴン』シリーズか。これは6〜7センチもの厚みがあったように思うが、これを学校カバンにぶち込んで、友達と話す時間も惜しんで読んでいた記憶がある。通学カバンの半分は弁当、半分はエラゴン、残りの隙間に筆記用具を詰め込んで、教科書はサブバッグに入れて登校していたものだった。

中学の時に、朝学活の後15分程度の読書の時間というものがあって、そこで本を1冊読み終えるごとに1行ずつタイトル・著者名・簡単な要約を書くということをしていた(1枚あたり15冊程度だったように思う)。

1枚描き終えたら新しい用紙を上からノリで貼るのだが、上記のような読書習慣があったものだから、札数の多い長編小説の新刊が立て続けに出ようものなら1週間で2、3枚ぺろりと埋め終えてしまうこともあったので、1学年が終わる頃には貼った紙の重みで古い部分の糊が剥がれてしまったのをよく覚えている。

何はともあれ『ダレン・シャン』シリーズ(最後はやや冗長で、子供心に得心の行かない結末ではあったが)や『エラゴン』シリーズ(いわゆるひとつの喪女だった氷野には途中の恋愛のくだりがむず痒く不要なものに思えたものだ)などはとても面白いので一読の価値はあると思う。

ダレン・シャン1 奇怪なサーカス

ダレン・シャン1 奇怪なサーカス

エラゴン 遺志を継ぐ者 (ドラゴンライダーBOOK1)

エラゴン 遺志を継ぐ者 (ドラゴンライダーBOOK1)

とにかくこだわりが強い割に雑なところは雑

そんな集中力や持続力があるのならさぞ色々なものが得意になっただろうと思われるかもしれないが、それが好きなことにしか発揮されないというところに問題がある。

たとえば漢字練習や英単語の練習にしたって、綺麗な字で練習して脳みそにインプットすればいいものの、「かんじれんしゅうちょう」の提出の必要がなくなった途端に数種類のサインペンを取り出し、ノートの罫線を無視してガツガツと書き殴るという暗記方法を取っていた。

それには自分だけの手順があって、まず黄色や水色といった薄い色のサインペンから書き殴り始め、ノートが埋まったら、オレンジや緑といった少し濃い色のサインペンでその文字の上に書き殴り、最後には赤や青、黒といった濃い色でまたその文字の上から書き殴るのであった。

自分の中ではノートを節約したつもりでいたが、ぐちゃぐちゃで真っ黒になったノートを見た友人にドン引きされたのをよく覚えている。

余談だが、なぜサインペンだったのかという話。

私はとにかく手指の力のコントロールが苦手なので、硬いシャーペンやボールペンでたくさん文字を書くなどする暗記方法を取ると手を痛めてしまうがために、サインペンに行き着いたのだ。そのため下敷きなどは苦手で、ボールペンなどで文字を書くときは柔らかいものの上で書く方が好き。なので、3枚綴りのカーボン紙に個人情報を記入する、とかいうことは大の得意である(笑)

また手指の力のコントロールが苦手なために、つい先日プレイステーション4のコントローラーを、まだ買ってから一年も経っていないのに、ぶっ壊してしまった。左ジョイスティックが効かないため、敵が来てるのに走ってくれないのだ。全く困ったものである。全方位に対して。

他にも、身体を動かすこと……立ったり座ったりという簡単な動作も苦手で、今でも曲がり角は曲がれないし、前を向いて歩いていても電柱を避けきれずぶつかってしまう。これもADHDなどの症状だと思うと得心のいくところである。

過集中とは?ADHDとアスペルガー症候群に見られる過集中の特徴と対策【LITALICO発達ナビ】

極端に不器用な子どもは発達障害の可能性も!? 発達性協調運動障害とは – 記事 | NHK ハートネット

自然療法の観点から見る自分

氷野の実家は漢方だとか鍼灸だとかアロマテラピーだとかホメオパシーだとかいう自然療法が好きで、子供の頃からそういったことに慣れ親しんできた。

今でこそ西洋医学の粋であるところの処方薬に大いに助けられながら生きているが、今もそういった自然療法は嫌いではない。残念なことに氷野の体質には合わず、あまり効果を発揮しなかったが、ともかく考え方や自然植物への斬新な見解は知的好奇心をそそるものだ。

迷信だとかまやかしだとかいう人への反駁はいずれの機会にすることにして(合う合わないは体質の問題だと思うからだ。富山の薬売りの話でもしようか……いやそれは今は関係ないな……)、そうした自然療法でいつも診断されていたのは、氷野は「パッと燃え上がりパッと燃え尽きるマッチ」のような存在だ、ということだ。

性格は苛烈で、常に苛立っており、なにかやるべきことを見つけるとやらずにはいられない衝動にかられ、時にそうした性格がリーダーシップとなって発揮されることもあるが、飽きっぽく、自分の気が済んだらプロジェクトを投げ出すこともあり、やりきったと思ったら火の消えたマッチの燃えカスのように虚脱状態に陥る、のだそうだ。

あ、当たってる、と、思った。当時。思い当たる節が多すぎてここで引き合いに出すのがためらわれるほどである。今これを書いていて、「あれ?これって発達障害についての学術文献を引用したんだっけ?」と思ったほどである。

くどいようだが、自然療法の考え方に全て賛同しろと言っているわけではない。盲腸は自然療法では治らないし、骨折は漢方では治らないから、化学療法と自然療法の両方の良いところを取り入れられたら素晴らしいことだと思うのだ。

であるからして、そうした診断に対して必ず付随してくる、他人の目から見たそうした人たちの特徴や良いところ、悪いところというのは氷野にとってのみならず、他の大勢の心の問題を抱える人たちにとって一つの生き方のアイディアになるだろう。

そのうちの『前世ソウルリーディング』という本は読み物として普通に面白いのでリンクを貼っておこう。ドラゴンヘッドに関する記述は自分と向き合う方法の一手として有効だと思う。他のページを読むことで、世の中にはいろんな人がいて、いろんな悩みがあって、いろんな解決策があるのだということが理解できる良書だ。

前世ソウルリーディング―あなたの魂はどこから来たのか

前世ソウルリーディング―あなたの魂はどこから来たのか

この記事を読んだ各位にはもうお分かりだろうが、氷野は大いにロマンチストである。夢見がちであり、地に足がついておらず、性格は根無し草、まったくもって自分の好きなことややりたいことにしか力を発揮できない困った人間である。

それでも、マッチがより太く長く、せめて雑巾に松ヤニを塗って作った即席の松明くらいまで、情熱を持ち続けていられるように日々訓練せねばなるまい。

とりあえずこのブログの検索欄が、まだ文字入力をすると白字で表示されてしまう状態なのでHTMLやCSSと忿怒格闘せねばならない状態である。少なくとも、一度やり始めたら気になって気になって寝食を忘れるようなことはないように気を付けながら、設定を弄り倒してみようと思った次第であった。

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