ASDな思考プロセス〜なぜイライラするのか|第十七回・発達障害を考える

ASDな思考プロセス〜なぜイライラするのか|第十七回・発達障害を考える

今回は、発達障害、特にASD者が物を考えるプロセスというものを、氷野を例に挙げて紹介していこうと思う。

こちらの記事でも書いたのだが、イライラしやすい・怒りっぽい・すぐ感情的になる、といった発達障害者の特性は、時にそばにいる人たちを傷付け、疲弊させ、追い込んでしまうことがある。

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そうしたことを未然に防ぐことができるのであれば、防ぎたいと思ってやまないのだ。

ASD者はなぜイライラしているのか

フェーズ1:こだわりが強いから

またASD者がイライラする理由として、「こだわりが強い」という点が挙げられるだろう。

こだわりが強いという表現、今でこそ「物事を厳選し良いものを見極める」といった良い意味合いで使われることの方が多いが、もともとは、「物事に強く執着し視野が狭くなる」といった悪い意味合いで使われることばであった。

ASD者はまさにこの、「物事への執着」が人一倍強いがために、それが邪魔されたり、中断されたり、取り上げられたりしたときに、怒りの感情を抱いてしまうのだ。

思い出してみてほしい。子どもの頃、あなたにも「宝物」と呼んで大事にしていたものがあっただろう。それが壊れたり、親に取り上げられたり、友達に横取りされたりしたら、とても悲しくなったり、ひどく怒ったりしたことがなかっただろうか。

ASD者の人生には、このような「宝物」がたくさんあるのだ。

例1:行動のルーティン

例えば氷野は、決まって自分のベッドの決まった場所に座る習慣がある。そこ以外の場所に座るところといえば、ダイニングチェアか、風呂場の椅子か、トイレの便座くらいしかない。それか外出先で入った店の椅子くらいだ。

そこ以外の場所には座りたくないし、そこの場所には何人たりとも触れて欲しくないし、そこの場所を誰か別の人が使っているのは耐え難くストレスになる。たとえそれが伴侶であっても、そこにだけは触れて欲しくないのが本心だ。

例2:物体への執着

また例えば自分の財布に対する異様な思い入れがある。夫婦であれば、多少、声をかけて相手方の財布からお金を取り出すこともあるだろう。氷野は、それすらたまらなく苦痛に感じるのだ。

氷野が寝ている間に伴侶が氷野の財布から数千円を抜き、食材を買いに出たことがあった。その時氷野は買い物をしたことでも、寝ている間に伴侶が出かけていたことでもなく、断りなく自分の財布を触ったことに対して猛烈に怒りまくったのだ。

フェーズ2:ネガティブ感情を引きずりやすい

ASDやADHDなどの特性を持っている人たちはネガティブ感情を引きずりやすい傾向にある。これもまた、感情の爆発を誘引するトリガーになりやすい。

フェーズ1で経験した「宝物が壊れる」という体験を、いつまでも鮮明に記憶していて、ふとした瞬間になにかのきっかけで、当時のショックがまざまざと蘇ってくるのだ。

これがひとりで落ち着ける場所で起きれば、落ち着いて対処することも可能だが、人と話している時や職場にいる時などはそうもいかない。

思い出したネガティブ感情に思考が支配され、イライラを誘発する要因になってしまうし、その瞬間のイライラと、過去のイライラが合体すれば、感じるストレスは単純計算で2倍、ということになってしまう。

例:フラッシュバック

氷野を例にあげると、伴侶と喧嘩をする時にこれがよく起きる。

伴侶からは「今この瞬間」の注意を受けているのだが、氷野の頭の中では、過去に受けた同様の内容の注意が想起され、その内容とともにその時の感情まで呼び覚まされて、「今」と「過去」がごちゃまぜになってしまい、パニックをおこしてしまうのだ。

そういう時氷野はよく石のように体が固まり、表情は無くなり、意見をするでもなく、ただ相槌を打ちながら伴侶の叱咤を「ハイ、ハイ、」と聞いているだけの何ものかになってしまう。

伴侶はそういう時によく呆れた顔で「昔のことをよくもまあそんなに引きずっているね」と言うものだが、これもまたこたえるものがある…。

フェーズ3:積もり積もるイライラ、そして爆発

幼少期、ASD者の多くは他の自動よりも感情のコントロールがうまくいかずすぐに感情を爆発させていただろう。だが、そうしたASD者たちも、大人になるにつれ、それなりに感情をコントロールするすべを身につけていく。

しかしそれは、感情を「コントロールしているだけ」であって、「なんとも思っていない」訳ではないという点に、部外者は留意しなくてはならない。

どういうことかと言うと、他人にとっては些細なことだがASD者にとっては非常に重要な物事について、ふとしたきっかけで他人が触れてしまうことがある。そうしたとき、感情を抑制するすべを身につけているASD者はある程度「我慢」をすることができる。

だがそうした「我慢」は積もり積もって、ある瞬間で臨界点に達し、怒りという感情になって発露するのだ。

例:行動のルーティンを中断されたとき

例えば氷野が苦手なのが、コンピュータオペレーティングである。

氷野は基本的に動作が軽いコンピュータを使っているが、このコンピュータの動作が時々重くなることがある。そうした、なかなかインターネットのページを読み込まないなどのことが起こったとき、氷野の中では着実にイライラが積もっていく。

そこにもって、他の誰かから話しかけられるなどして思考や作業を中断せざるを得なくなったとき、「今はこれにかかりきりなのに、」と多大なストレスを受ける。

それが、コンピュータの前を離れて別の作業をせよ、という指示であったときにはもう臨界点寸前まできている。

イライラした状態で作業をするとミスをしやすい。ミスをすると、叱られるのは当然の帰結である。そうすると、今まで抑えていた感情が爆発し、俗に言う「逆ギレ」をしてしまうのだ。

感情が「地雷だらけ」になるプロセス

他者から見れば、これらひとつひとつは実に些細であり、「なぜそれしきのことでそんなに怒るの?」と言われてもしょうがないだろう。

だが、ASD者の多くにとって、それらの事柄は「重大」であり、「大切」なのである。

感情が地雷原になるプロセス

「感情」という草原があるとしよう。そこにはASD者が大切にしてやまない「宝物」がたくさん埋まっている。しかしそれは往々にして踏み抜かれたり壊されたりしやすいものだ。

ASD者だって、一個や二個「宝物」を壊されたって、相手を許してなるべく穏便に物事を進めたいと思ってる。だが、それが三個、五個、十個、と重なっていくと、爆発は連鎖反応を起こし、あれもこれも踏みにじられたような気になって、気づけば平穏だった草原は「地雷原」と化してしまう。

地雷原と化した草原を歩くことは非常に困難で、他者が地雷と化した感情の起伏に少しでも触れようものならそれがきっかけで「怒り出す」という感情の大爆発が起きるのである。

我慢はしている(一応ね

最初の一歩がどうしても譲れない許せない何かであった場合は「突然に」になってしまうことはあるが、なにもASD者だって、突然に怒り出したいと思っているわけではないのだ。

極力こうしたら落ち着いていられるから、と、安全策として講じたルーティンの均衡が、他者によって簡単に破られてしまうからイライラしてしまうし、それが続けば怒り出してしまうのである。

その「許せないこと」の範疇が健常者の人たちよりも広いがために、こうした問題が起きているのだ、と、氷野は思う。少なくとも氷野はそうである。

解決はできるのか

今のところ、氷野個人としては、

①過去のことは水に流すようにつとめる

②今注意されていることは自分の存在を否定されているわけではないと言い聞かせる

という二つの点について思考の歪みを矯正しようと努力している最中であり、それなりに効果が出てきたように感じている。

①過去を水に流す

過去のことを水に流す方法はたくさんあるだろうが、氷野個人としては、文字にしてしまうのが一番発散できる。というのも、氷野は文字にした途端、そのネガティブ感情を忘れることができるという特な体質を持っているからだ。

例えば、氷野の親子関係についてであるが、これは、二十年来こころの中に溜まっていた澱を、小説という形で書き起こすことによって、ある程度感情の整理がついた。

②否定されているわけではない

一方、その瞬間注意を受けていることについてイライラしないためには、「この人は私を責めているわけではなくて、行動を改めることや改める姿勢を見せることを求めているのだ、」と、一回深呼吸をすることが氷野にとっては有効であった。

氷野は往々にして注意を受けると、自分が過去から未来まで全否定されているような気になる。そうなると、注意を受け行動を改善するどころではない。

そこで、この究極的にネガティブな思考を変えることが何よりも重要なことであった。

全否定されているような気になっても、論点はどこか、ということをよく考え、論点が自分の人生にはないことを確認した上で、相手の話を聞くようにしてからは、以前よりも幾分か軽い気持ちで「次から気をつけます!」と言えるようになったように思う。

自分の大切にしていることを明らかにすることが大事?

いずれにしてもイライラしやすい性質はいまだに直っていないし、これからも完全に直ることはないのだろうと思う。

ならば、氷野自身にできることというのは、これこれこういうことをしている時に、このようなことをされるとイライラする、ということを類型化していって、自分が怒りを爆発させやすいシチュエーションを把握することなのではないだろうか。

イライラは人間関係をギスギスさせる。そんな殺伐とした人生を、これから五十年生きていくのか。これから先の十年を使って自分を変えて、残りの四十年を平和にいきていくのか。

決めるのは氷野自身なのだなあと思う次第であった。

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